不倫という名の純愛小説『アンナ・カレーニナ』の解釈と感想

こんにちは、もりのひつじかいです。



今日はこのブログで初めて
ロマンス(小説)とよばれるものを
取り上げてみたいと思います。

 

テキストは・・

 

今はやりの言葉でいえば「不倫」小説
ということになってしまいますが

不倫は不倫でも

こちらはれっきとしたロマンス
ロシアの文豪レフ・トルストイが書いた

アンナ・カレーニナ

『アンナ・カレーニナ』です。
(木村浩訳/新潮文庫)



ということで、今回は
この不倫という名の純愛小説
『アンナ・カレーニナ』の解釈と感想に
挑んでみたいと思います。


このロマンスの押さえどころはここ!

『アンナ・カレーニナ』の解釈に入る前に
まずはこのロマンスの押さえどころを
お聞きください。

 

さっそくですが
このロマンスの注目すべきポイントは
次の4点にあると考えます。

 

*ロマンスのタイトルは
「アンナ・カレーニナ」となっているが
じつは
登場する「4組のカップルの愛の行方」
を軸に展開する物語である。

テーマはズバリ!

知的階級の愛と苦悩と宗教への目覚め

ということで
ロマンスという衣装をまとった
「思想小説」としての側面が垣間見える。

 

*アンナ・カレーニナが登場する場面は
 物語の四分の一にも満たない。
 しかし

 アンナが登場しないシーンで
 アンナの物語が進行しているという
 立体的な手法が採用されている。

「物語の背後で展開する物語」を
 見逃してはならない。

 

*一方で「卓越した心理小説」でもある。

 場面によっては繊細な描写が
 延々と続いたりもする。

 

*アンナが初めて登場するシーンで
「アンナの命運が暗示」されるという
 鮮やかな伏線が張られている。

 

では、これらの主要なポイントについて
さらに詳しく見ていくことにしましょう。

 

4組のカップルの愛の行方

え?
4組?
1組多いのでは?

 

*ドリイ&オブロンスキー公爵(夫婦)

*キチイ&リョーヴィン公爵(夫婦)

*アンナ&ヴロンスキー伯爵(内縁)

 

とここまではすらすら出てきます。
あと1組・・

 

*アンナ&カレーニン(夫婦)という
カップリングを忘れてはいませんか?

ヴロンスキーとの禁じられた恋にはしり
アンナとカレーニンとの夫婦生活は
破綻します。
しかし、それでもこの2人の関係は
ロマンスの最後まで
色濃く影を落すことになるわけですから
忘れてはならないカップリングです。

 

トルストイはこれら4組の愛の行方を
象徴的に書きすすめていきます。

カップル

それぞれのカップルに割り振られた
役割を短い言葉で表すとするならば
次のようになろうかと思います。

 

*ドリイ&オブロンスキー
 →現実を容認する愛

*キチイ&リョーヴィン
 →未来を展望する愛

*アンナ&ヴロンスキー
 →破滅へと向かう愛

*アンナ&カレーニン
 →未分化な愛

 

浮気をされ、財産を蕩尽され、それでも
夫を愛し続けようと努める妻、ドリイ。

知的ではあるが気難しく
信仰を持たない夫をやさしく見守り
未来を展望しようと臨む妻、キチイ。

変わらぬ誠実な愛を烈しく求め続ける
アンナ。

アンナ&カレーニン夫妻については
「妻は夫への愛を感じていない」と
テキストにはっきり書かれています。
しかし、夫から妻への愛については
明確に言及されていません。

けれども

物語の進行を注意深く見守っていくと
夫は自分自身も気づいてはいませんが
夫にしかわからないスタイルで
妻への愛を育んでいたことがわかります。

 

これら4つの愛の行方を縦軸に
ロマンス『アンナ・カレーニナ』は
大団円へと向かって
しずかに流れ落ちていくのです。

 

物語の背後で展開する物語

タイトルや物語の進行などから
このロマンスの主役と目されるアンナ。
しかし
彼女の物語は全体の四分の一以下
もしくは五分の一くらいしかありません。

それでも

この物語を大団円に向かい牽引していく
パワーが、アンナに付与されています。

なぜかというと

「物語の背後で展開する物語」の構成力を
活用しているからです。
アンナが登場しない物語の隈々において
アンナの物語が常に進行しているのです。

 

その物語は
他の登場人物からの伝聞というかたちで
もたらされることになりますが
それを遥かに凌ぐ紙幅において
読者の想像力が背後の物語を
進行させていくことになります。

ロシアの町並み

アンナは
「今はここにはいないけれど」
読者の意識の中には
常に居座り続けることとなるのです。
『アンナ・カレーニナ』というロマンスの
立体構造がここにあります。

 

それでは、このロマンスの大部を占める
表の物語とは何でしょうか?

 

じっくり読まれた方はお気づきのことと
思いますが、それはリョーヴィン公爵の
農事労働に対する思索と信仰への目覚め
であると考えます。

 

このロマンスを思想小説とする根拠が
ここにあるのです。

 

卓越した心理小説

とりあえず
何もおっしゃらずに
このくだりをお読みください。

 

 

彼が振り返ったとき、彼女もまた顔をこちらへ向けた。濃いまつげのために黒ずんで見える、そのきらきらした灰色のまなざしは、まるで相手が誰であるか気づいたように、さも親しそうに、じっと彼の顔を見つめたが、すぐまた、誰かを探しているように、通り過ぎて行く群衆のほうへ転じた。この一瞬の凝視の中に、ヴロンスキーは相手の顔に踊っている控えめな、生きいきとした表情に気がついたが、それは彼女のきらきらしたまなざしと、その赤い唇を心持ちゆがめている、かすかな微笑とのあいだにただよっているのだった。なにかしらありあまるものがその姿全体にあふれて、それがひとりでにひとみの輝きや、微笑の中に表れているかのようであった。彼女はわざと目の輝きを消したが、それはかえって彼女の意志に反して、かすかな微笑となって光っていた。

『アンナ・カレーニナ』新潮文庫/上巻117ページから抜粋

 

 

アンナとヴロンスキー伯爵との
再会のシーンです。
時間にしてわずか数秒の出来事に
日本語に直して原稿用紙2枚分くらいの
ことばが費やされています。

 

以後アンナと
このロマンスの真の主人公である
リョーヴィン公爵が登場する場面を中心に
心理描写は冴え渡っていくことになります。

 

登場シーンで既にアンナの命運が暗示されている

アンナとヴロンスキーとの再会直後
列車の引込線上で
思いも寄らない事故が発生します。
線路番がバックしてきた列車に轢かれ
ま二つに引きちぎられてしまったのです。

アンナはこの現場を直接目にすることは
ありませんでしたが
それでも彼女の動揺はおさまりません。
そうしてこう呟くのです。

 

「不吉な兆(しらせ)ですわ」と。

 

ロマンスの最後
心が離れしてしまったヴロンスキーに対し
いかなるかたちにおいても
私の愛は取り戻せないという
永遠の勝利を宣告するために
アンナは汽車の前に身を投じるのでした。

 

ロマンスの始まりと終わりが
列車事故で呼応します。

愛


アンナとヴロンスキーの出会いと別れは
こうして一本の線でつながるのでした。

 

 

以上

不倫という名の純愛小説
『アンナ・カレーニナ』について
ひつじかいの解釈と感想を
お伝えしてきました。

 

他とは大きく異るレビューとなりましたが
いかがでしたでしょうか?

 

・・・・・・

 

 

登場人物150人超
1,500ページを超える
壮大なロマンスではありますが
思いのほかすらすらと読めますので
あなたもこのへんで内なる声を頼りに
『アンナ・カレーニナ』に
挑戦してみてはいかがでしょうか。

 

最後に
有名な冒頭の一節を記しておきます。

 

幸福な家庭は

すべて互いに似かよったものであり、

不幸な家庭は

どこもその不幸のおもむきが

異なっているものである。

 

 

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