絵本版『やまなしもぎ』で読み解く〈昔話し〉のレトリック

「かぼちゃの馬車」をランタンで照らす女の子 絵本発想のヒント
昔話しをじっくり読むと・・

こんにちは、もりのひつじかいです。

絵本選びの重要なポイント
&絵本の活用法などをまとめた

『絵本の本』
中村柾子著/福音館書店/2009初版

でかなりのページを充てているのが
昔話しの効能についての項目です。

詳しくはこちらの記事に書いています。
→ 保育士が書いた絵本選びの指南書『絵本の本』のポイントは6つ!

昔話しはその話法やお話しの展開
(いわゆるレトリック)が
子どもたちの理解の仕方や考え方に
とてもよくマッチしているのだとか。

だから昔話しを下敷きにした絵本を
もっともっと活用すべきではないか。
それも
子ども向けにリライトした「無難な作品」
ではなく、本来の結末を記した
オリジナルなストーリーで!

という主張が展開されていました。

そこで今日は
著者のこの言葉を裏付けるべく
彼女が推奨している絵本

『やまなしもぎ』表紙

『やまなしもぎ』
平野直・再話/太田大八・画
福音館書店/1977年

をテキストとして取り上げ
昔話しのレトリックや効能について
考えてみたいと思います。

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『やまなしもぎ』はプリミティブ(原初的)な昔話し

『やまなしもぎ』の出典は
岩手県八重畑尋常高等小学校の
当時高等2年生だった小原豊造君が
級友に語ったお話しです。

それを著者の友人でもある古川安忠氏が
(後日)報告してくれたものを再話した
と後付に記されています。

豊造君はこの昔ばなしを、おそらくは
おじいさんから聞かされのでしょうね。
何度も聞いているうちに
すっかり覚えてしまい
ある日級友に語り聞かせた
とそんな経過ではないかと想像されます。

つまりこの昔話しは
リライトされていない
オリジナルなストーリーと考えて
間違いはないのだと思います。

・・・・・・

さあ、それでは
そんなプリミティブなお話しを
まずはじっくり読んでみましょう。

『やまなしもぎ』のあらすじをざっくり説明すると・・

むかし、あるところに
母親と三人の兄弟が住んでいた。
母親は病に臥せっており、子どもたちに
「奥山のやまなしが食べたい」と言う。

これを聞いた長兄(ちょうけい)の太郎が
勇み「やまなしもぎ」に出かけて行った。

子どもたちが出会った謎の老婆

『やまなしもぎ』見開き部分

途中で得体の知れない老婆と出会い
その老婆から

 三本の分かれ道に出たら
 風に笹が鳴っているから
 その笹が示すとおりの道を行くがよい

とアドバイスを受けるものの
太郎はこれをすっかり忘れ
誤った道を行き
あっさり沼の主に呑まれてしまう。

長兄が帰ってこないため
今度は真ん中の二郎が出かけて行くが
長兄とほぼ同じ経緯をたどり
これまた沼の主に呑まれてしまう。

最後に残った三男の三郎だけが
老婆の言いつけをちゃんと守り
無事にやまなしをゲット。
さて戻ろうかと足を掛けた枝が
踏み込んではいけないエリアにあった。

すわと襲いかかる沼の主に
老婆から授かった刀で応戦!
切れ味鋭い刀にばさりと切られ
さすがの主もみるまにお陀仏。

沼の主の腹を割くと・・

『やまなしもぎ』見開き部分

その化け物の腹を割くとなんとそこには
息も絶え絶えの二人の兄が・・

これまた老婆からもらった欠け椀で
沢の水を飲ませると、あらあら不思議
兄たちは見る間に元気になったとさ。

兄弟は持ち帰ったやまなしを
さっそく母親に食べさせた。
すると母親の病気はけろっと治って
それからまた親子四人は
仲良く楽しく暮らしましたとさ。

どんどはらい。
(これにておしまい?)

昔話しに出てくる〈お決まりのレトリック〉に着目!

注意深く読んでいくと
昔話しには〈お決まりのレトリック〉
というものがあることに気がつきます。

本を熱心に読む兄弟

このレトリック(手法)というのが
おそらくは
子どもたちの物を理解する力や考え方を
助長してくれるのだろうと思います。

ではその〈お決まりのレトリック〉には
どんなものがあるのでしょうか?

テキスト『やまなしもぎ』に
当たってみることにしましょう。

最初に目がいくのが老婆の存在です。
老婆とはいったい何者なのか?

精霊の守人?
超自然的な意思の力が姿形をとったもの?
それとも神?

作中の説明は一切ありません。

兄弟の前に唐突に現れ
有益な助言を与えてくれます。

このお話しでは「ばあさま」ということに
なっていますが、時には「男」であったり
「動物」だったりもしますよね。


レトリックの2つ目は
授かった有益な助言を忘れてしまう
(あるいは助言に従わない)
という部分ではないかと思います。

忘れてはいても
あるいはあえて従わなくても
途中で
何度も救いの手が差し伸べられるのに
それでも思い出さない(従わない)
というわけですね。

その顛末は・・
わざわざお伝えするまでもないでしょう。


最後になりましたが
これが一番わかりやすいレトリックです。

それは、同じパターンを3回繰り返す
というものですね。

同様なことが3回繰り返えされますが
初めの2回はジョブみたいなもので
決定打にはならないんです。

けれども3回目で(3人目で)
何か重大なことが起こるんですね。
多くはネガティブな事件ですが
この『やまなしもぎ』のように
ポジティブな事が成就したりもします。

同じパターンを3回繰り返すというのは
〈お決まりのレトリック〉の中でも
特に印象に残るものだと思います。

レトリックにはどんな効果・効能があるのか?

一番目の
「ばあさま」あるいは「男」が現れて云々
というレトリックは
「物語をダイレクトに核心へと導く」
という効果があると思います。

このレトリックのおかげで
下手な回り道(伏線張りなど)を
しなくてもよくなります。

昔話しのダイナミズムを底支えする
重要なレトリックのひとつ
と言えるでしょう。


二番目の
「助言を忘れてしまう」あるいは
「助言に従わない」というレトリックは
「聴衆の心に波風を起こす」
という効果があるのではないでしょうか。

どうして人の言うことを聞かないのかな。

いや、怪しげなやつの言うことになど
耳をかす必要はない。

そうかな?ぜったいにしくじるぜ!

いやいや、聞かなくて正解じゃ。

この助言が二度、三度と重ねられる度に
波風はより大きくなっていくという
巧妙な仕掛けになっています。

徐々に緊迫感を高めていくという
効果音的な効果?があると思います。

 

最後の「同じパターンを3回繰り返す」
というのが
最も頻繁に登場するレトリックですね。

カチカチ山の一場面のイラスト

『カチカチ山』で兎が
いたずら狸を懲らしめるやり方-

①狸に背負わせた薪に火をつける
②やけどの膏薬に唐辛子を混ぜ込む
③最後は泥でつくった舟に乗せて
 沈めてしまう

という3回バージョンや
『馬方と山姥』で馬方が
まんまと山姥の裏をかくやり方-

 ①ちゃっかり甘酒をせしめる
 ②次におもちまでいただく
 ③最後は石の長持ちに入れて
  命までちょうだいしてしまう

など
そのバリエーションは豊富です。

この繰り返しによって
昔話しのストーリーが
意識の底に着床していくのです。

だから
たったの一度語り聞かせたお話しでも
相手に強烈な印象を与えることが
可能になるわけです。

小原豊造君が語った昔話しを
古川安忠君が細部まで覚えていたのも
このレトリックが効いていたからに
ほかなりません。

このレトリックについては効果ではなく
効能と呼んだ方がいいのかもしれません。

 

このほかにも
まだまださまざまなレトリックが
あるわけですが
今回は『やまなしもぎ』に使われた
3つのレトリックについて
考えてみました。

あなたも
今度昔話しを読むときには
どうかそんなレトリックにも
注目してみてくださいね。

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