こんにちは、もりのひつじかいです。
永遠のベストセラ-と呼ばれる
『星の王子さま』。
日本においても
熱烈なファンが数多く存在します。
そのためでしょうか
これまでに我が国では
『星の王子さま』に関し
10冊以上の翻訳本が出版されています。
先ごろ
内藤濯氏訳の翻訳を読んで
すっかり『星の王子さま』に
「はまって」しまったひつじかいは
翻訳によって
物語の世界観が異なるということは
ないのかな?
一応念のため
ほかの翻訳者の作品も読んでおこう。
と思い至り
異なる出版社の『星の王子さま』を
購入してみました。
本来であればすべての翻訳を
読み比べてみたいところですが
レポートの中身が
煩雑になってしまいそうですので
今回は、すぱっと3冊にしぼって
翻訳によって「変わる&変わらない」
点などについて
お伝えしてみたいと思います。
ではさっそく
『星の王子さま』の読み比べを
始めていきましょう。
今回使用するテキストは次の3冊です。
『星の王子さま』(写真中央)
内藤濯訳/岩波書店/1972年(改版発行)
『星の王子さま』(写真右端)
河野万里子訳/新潮文庫/2006年発行
『星の王子さま』(写真左端)
管啓次郎訳/角川文庫/2011年発行
翻訳者が変わっても物語の〈世界観〉は変わらない
当然といえば当然のことですが
翻訳者が変わっても
物語の〈世界観〉が大きく変わることは
ありません。
それは『星の王子さま』もしかり。
今回取り上げた翻訳作品も
いずれ劣らぬ名訳ばかり。
それぞれの翻訳者が
それぞれに信念を持って
精魂傾けた訳文となっていますので
いずれの1冊を手にされても
間違いはないかなと思います。
月並み言い方になってしまいますが
それぞれが異なる意味において
「おすすめ」ということになります。
ひつじかいの正直な感想を言わせて
いただきますと
ひとたび物語に入り込んでしまえば
「翻訳者のことなど忘れて」しまいます。
翻訳者のことを忘れさせてくれるほど
それぞれともに
完成された翻訳になっていると思います。
でも
普通は3冊も買う必要はありませんので
どれか1冊に絞りたいという
そんなあなたのために
それぞれの翻訳の特徴や
それを「おすすめ」する理由について
お伝えさせていただきますね。
翻訳によって変わるのは物語の〈印象〉
先ほども言いましたように
翻訳によって物語の〈世界観〉は
変わらいないわけですが
物語の〈印象〉というのが
ずいぶん変わってきます。
そのなかでも最初に気づいたのが
王子さまが醸し出す〈雰囲気〉です。
語り手である飛行機乗りの「ぼく」が
砂漠のど真ん中に不時着し
そこで見知らぬ少年と出会うシーンを
まずは抜き出してみましょう。
すると、どうでしょう、おどろいたことに、夜があけると、へんな、小さな声がするので、ぼくは目をさましました。声は、こういっていました。
「ね・・・ヒツジの絵をかいて!」
「え?」
「ヒツジの絵をかいて・・・」*内藤濯訳(岩波書店)から抜粋
だから、夜明けに、小さな変わった声で起こされたときには、どんなに驚いたことだろう。聞こえてきたのは、こんな声・・・
「おねがい・・・ヒツジの絵を描いて!」
「え?!」
「ヒツジの絵を描いて・・・」*河野万里子訳(新潮文庫)から抜粋
だから夜明けに奇妙な小さな声で目が覚めたときのぼくの驚きを、想像してみて欲しい。こんなふうにいわれたのだ。
「おねがいします・・・羊の絵を描いてよ!
「えっ?」
「羊の絵を描いてくれってば・・・」*管啓次郎訳(角川文庫)から抜粋
この短いセンテンスから
王子さまの〈雰囲気〉を描出するのは
多少無理があるかもしれませんが
それでも
各翻訳における王子さまの特徴を
端的に表しているように思います。
まずは内藤訳
「ね・・・ヒツジの絵をかいて!」
王子さまは初対面の飛行機乗りに対し
まるで以前からの知り合いか
なにかのように、唐突に語りかけます。
この「ちょっとした違和感」
「エキセントリック」な感じは
内藤訳の全編を通して漂っています。
地球とは異なる星(惑星)から
たった一人やって来た少年。
翻訳では
「ぼっちゃん」と訳されていますが
その「ぼっちゃん」の孤独な感じを
この「ちょっとした違和感」のある翻訳が
あぶり出します。
さらに内藤訳の『星の王子さま』は
初版は60年近くも前になりますので
物語の各所に
現代から見ればいささか古風な言い回しが
出てきます。
その古風さゆえに
2~3回読み直さなければ
すんなり理解できないフレーズが
随所に顔を出します。
しかし、そうした部分までもが
王子さまのエキセントリックな感じを
不思議と引き立てています。
続いて河野訳。
「おねがい・・・ ヒツジの絵を描いて!」
こちらの王子さまは
傷つきやすいピュアな少年です。
言葉づかいはとても丁寧で
ナイーブな感じを受けます。
王子さまは
繁殖力の旺盛なバオバブ対策のために
自分の星に一匹のヒツジを連れて
帰りたいのですが
そのヒツジが大切なバラの花を
「パクリ」とやってしまうのではないかと
気がきではありません。
物語の根幹ともいえるこのエピソードを
河野訳は端正な言葉で切々と描写します。
バラの花に対する王子さまの複雑な心理が
ものの見事に表現されています。
最後は菅訳。
こちらの王子さまは
他とはちょっと変わっています。
自分のことを「おれ」と呼んだりします。
『星の王子さま』の原題は
『Le Petit Prince』といいますので
そのまま実直に訳せば「小さな王子」
となるわけですが
翻訳者は原文のニュアンスを重視し
それを「ちび王子」と訳しています。
「羊の絵を描いてくれってば・・・」
と甘える「ちび王子」。
時々乱暴な口をきいたりもしますが
天衣無縫で繊細で
まっすぐに育った純真さが光ります。
今回取り上げた3冊の中では
最も子どもらしい子どもですね。
オリジナルに忠実にという翻訳者の意図が
しっかり伝わってきます。
王子さまからの贈りものを伝える描写は?
物語の終盤
今夜、
何か取り返しのつかないことが
起きるかもしれないと
不吉な予感に怯えるそんなぼくに
王子さまは贈り物をひとつあげる
と言い出します。
その
美しく、張り詰めたシーンから
それぞれの訳文を抜粋してみましょう。
「ぼくは、あの星のなかの一つに住むんだ。その一つの星のなかで笑うんだ。だから、きみが夜、空をながめたら、星がみんな笑っているように見えるだろう。すると、きみだけが、笑い上戸の星を見るわけさ。」
*内藤濯訳(岩波書店)から抜粋
「きみが星空を見あげると、そのどれかひとつにぼくが住んでるから、そのどれかひとつでぼくが笑ってるから、きみには星という星が、ぜんぶ笑ってるみたいになるっていうこと。きみには、笑う星々をあげるんだ!」
*河野万里子訳(新潮文庫)から抜粋
「おまえが夜に星を見上げるとね、その星のひとつにおれが住んでいるせいで、その星のひとつでおれが笑っているせいで、おまえにとってはまるですべての星が笑っているように思えるはずだよ。笑う星たちを手に入れるわけさ!」
*管啓次郎訳(角川文庫)から抜粋
いかがでしょうか?
王子さまからの贈り物とはー
きみが「笑い上戸の星を見る」こと
きみに「笑う星々をあげる」こと
おまえが「笑う星たちを手に入れる」こと
ということになります。
あなたなら
どの贈り物がいいですか?
自分に合った1冊をチョイスするために
こうやって読み込んでいくと
いずれも甲乙つけがたく
「どれか1冊!」というわけには
いかなくなってしまいますね。
それではあなたもご不満でしょうから
この物語の主要な登場人物(動物)の
一人(一匹)
キツネとの会話の中で明らかになる
「友だちとは・・・?」
の解釈に関する訳文を
比較してみることにしましょう。
とても重要な概念だと思います。
だから
あなたの胸にしっくり収まる翻訳(者)が
「あなたの感性にフィットする」翻訳
ということになるのではないでしょうか。
「~友だちをさがしてるんだよ。〈飼いならす〉って、それ、 なんのことだい?」
「よく忘れられることだがね。〈仲よくなる〉っていうことさ」*内藤濯訳(岩波書店)から抜粋
「友だちをさがしてる。『なつく』って、どういうこと?
「ずいぶん忘れられてしまってる ことだ」キツネは言った。
「それはね『絆を結ぶ』ということだよ」*河野万里子訳(新潮文庫)から抜粋
「ともだちが欲しいんだよ。〈なつく〉ってどういうことだ?」
「それはあまりにも 忘れられていること」ときつねはいった。
「〈絆を作る〉ということさ」*管啓次郎訳(角川文庫)から抜粋
いかがでしょうか?
〈飼いならす〉なのか〈なつく〉なのか。
〈絆を結ぶ〉なのか〈絆を作る〉なのか。
微妙な違いといってしまえば
それまでですが
翻訳というのはその微妙な違い
ニュアンスの違い
〈印象〉とか〈雰囲気〉の積み重ねで
できあがっているのだと思います。
この永遠の名作『星の王子さま』を
あなただったら
いずれの翻訳家の翻訳で
読んでみたいと思いますか?
その翻訳こそ
ひつじかいがおすすめする
あなたに合った翻訳です!
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