プロ奢は嫌い?でも世間と真逆の人生哲学は一見の価値あり!

逆立ちをする青年とそれを見ている犬 メッセージ
真逆から考える!

こんにちは、もりのひつじかいです。

 

こつこつと地道に生きることを美徳とする
日本の社会では

人にご飯を奢られて生計を立てる

などというふざけた生き方は
「容認できない!」という人が
案外多いのではないでしょうか。

なかには
プロ奢(おご)
正しくはプロ奢ラレヤーなんて嫌いだ
と考える人がいても
全然不思議ではありません。

そういうひつじかいも
最初はそう感じていました。

ところが彼の著書
『嫌なこと、全部やめても生きられる』
をじっくり読んでいくうちに
最初の印象は誤りだったという結論に
達したのでした。

この一見チープな啓発本には
現代という非常にセンスティブな時代を
悠々不敵?に生き抜くための哲学が
濃縮されていることに気がついたのです。

これを読まずして
「プロ奢みたいな生き方は嫌いだ」
などと強がってみたところで
いつまでたっても人生は好転しないなと
そう思いました。

 

というわけで今日は、そんなプロ奢の
悠々不敵?な人生哲学の中から
ひつじかいが特に凄いと感じたくだりを
3つご紹介したいと思います。

ちなみに
プロ奢ってナニモノ?
という人には
次の記事中の「3つ目の処方箋」で
簡潔に紹介していますので
よろしかったらご参照ください。

後悔の念に駆られる日々を〈生き抜くための処方箋〉4選!


現在のプロ奢は
年収1000万円を超えるリッチマン
ですが、少し前までは本当に
「人にご飯を奢られて生計を立てて」
いたわけです。

しかし
そんな暮らしを続けながらも彼は
追い詰められてはいませんでした。

それはなぜかといいますと
彼には彼独自の哲学があるからです。
世間(常識)を逆さに眺めることができる
洞察力があるからです。

では実際に彼の著作から
気になるフレーズを引用してみましょう。

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どうにもならないことを「どうにかしようとする」から悩みをかかえる

多くの人が悩みを抱えるとき、その原因になるのは「どうにもならないことをどうにかしようとする」態度です。最近は「あきらめが悪い」人を無条件に讃える文化が散見されますが、個人の幸福度から見ればあきらめはいいほうが良いはずです。どうにもならないことは、どうにもならないのだから。「あきらめよう」と考える人のほうが、ずっと「どうにもならないこと」をどうにかできますし、トータルでみれば前進できます。
(本文117ページから抜粋)

どうにもならないことを
どうにかしようと悪あがきしないために
プロ奢は【しょうがないリスト】
というものを作って、できないことは
迷わずそのリストに
「ぶち込んで」しまうのだそうです。

つまり「どうにもならないこと」を
自分から引き離して
別の場所に避難させるというわけです。

しょうがないことを入れておくリスト

このリストが手元にあると
よしんばできなくても落ち込まないし
「ま、しょうがないな」と
素早く気持ちを切り替えられるのだとか。

さらにこのリストを可視化(客観化)し
できないことを明確にしていくことで
自分の弱みを
受け止めることができるようになると
彼は言います。

つまり自分を責めたり
自分をとことん嫌いにならずに
済ませられるというわけですね。

最初は「どうにもならない」
と思っていたけれど
「どうにかなってしまった」ものは
リストから外していけばいいわけですし
「どうにもならない」という中にも
「まったくどうにもならない」ものや
「少しだけどうにもならない?」
ものなどが混在していますので
このリストをランキング化することで
「できること」と「できないこと」の
堺がよりはっきりしてくるのだとか。

人生において
ここのラインを見極めることは
とても重要なことだと彼は説きます。

なぜなら
そのランキングの上位に位置する
「どうにもならないこと」は
どこまで引きずっていっても
「どうにもならない」わけだから
これをきっぱりとあきらめることで
たちどころに
多くの悩みから解放されるからだと。

え?
ホントに?

これまでずっと
ネガティブな態度だと思い続けてきた
「あきらめる」ということが
じつは悩みを解放してくれるコマンド
だったとは!

いやはや、驚くばかりです。

 

【しょうがないリスト】を
ひつじかいもさっそく作ってみましたよ。
なんだかそれだけで
こころがすっとリラックスしましたね。

プロ奢は嫌い!というあなた
いかがですか?
彼の話しをもう少し聞いてみますか?

目標とは「立てる」ものではなく勝手に「立つ」もの

僕は目標というのは「ああしたい」「こうなりたい」という欲望をベースに、自然発生するものだと思っています。つまり、「立てる」ものではなく勝手に「立つ」ものじゃないですかね。「目標を立てる」という言葉には、欲望のない場所に無理やり発生させる、といったムリをしているニュアンスが感じられるんですよね。

そもそも欲望がなかったら目標なんて生み出せないし。なんとなく「自分はこれが目標なんだ」と設定しても、無理やりつくった欲望のために行動するなんて、相当ハードだし、そりゃ叶わないのも当たり前って気がします。

そもそも目標というものは既に自分の中にある意思を具体化させるもので、0から1を生み出すことではないと思うんです。
(本文122ページから抜粋)

しかし私たちは、小学生のころから
「目標を立て」なさいと
言われ続けてきたというのですね。

砂浜に立つフラッグ


勉強の目標!
生活の目標!
お手伝いの目標!
クラスの目標!
夏休みの目標!

それはなんだか
マントラを唱えさせられているようだった
とプロ奢は振り返ります。

そう言われてみればひつじかいも
これまでずいぶんたくさんの目標を
立ててきました。
しかし、それらの目標の達成率は
いかばかりだったでしょうか?

特に夏休みの目標なんて
いつも計画倒れに終わったという
残念な印象しか残っていませんね。

夏休みを本気で充実させよう
なんていう欲望がなかった場所に
無理やり目標を立てたものだから
結局最後の2日間で
日記や宿題帳を仕上げるはめに
なってしまったというわけです。

ではどうすればよかったのでしょうか?

プロ奢は言います
マントラを唱えることを止めなさいと。

 「目標が見つからない」
 「目標が達成できない」
 「目標の叶え方がわからない」
 そういう人はそもそも
 「何か目標を立てねばならない」
 というマントラから抜け出すことです。
 そして素直な自分の欲求に耳を傾ける。

そこからひょっとすれば
目標が勝手に「立ち」上がるかも
しれないというわけですね。

もしもなんにも出てこなかったら
それはそれで好きなように生きればいい
あとは知らんと・・・

いかがでしょうか?
なんだかさらに
軽くなったような気がしませんか?

「好きなことで、生きていく」より「嫌いなことで、生きてかない」

べつに「好きなこと」だけで生きていく必要はないし、なんなら「好きではないけど、べつにやりたくなくはないこと」で生活が維持できたら120点だよね。とにかく、「絶対にやりたくないこと」だけは、どうにか避けて生きていく。それくらいが丁度いいし、それくらいなら皆んな実現できるんじゃないかね。
(本文134ページから抜粋)

「好きなことで生きている人は、基本的に狂ってる人だけ」
だとプロ奢は言い切ります。

たとえば、ユーチューバとか・・

どだい人間「好きなこと」の数って
そんなに多くはないのではないかと
プロ奢は考えています。
だから「好きで生きる」と決めてしまうと
数少ない選択肢の中で縛りプレイを
しなくちゃいけなくなってしまうと
いうのです。

それでお金を稼ぐということになったら
かなりのハードモードになるだろうと
いうわけです。

お菓子を天秤にかける

こういう生き方を選択すると
適正がある場合を除いて、間違いなく
自分を追い込んでしまうでしょうね。

だから「好きで生きる」は
ちょっと置いておいて、まずは
好きでも嫌いでもないことをさくさくっと
やるようにする。

好きでも嫌いでもないことをさくさくっと
やって
あとの時間で本当に好きなことをやる。

要は
「嫌いなことでは生きていかない」
ということが大事になるというわけです。

嫌いなことから距離を置くだけで
だいぶ毎日がラクになるはずだからと。

 

いかがですか?
とても現実的なアドバイスだと
思いませんか?

積極的に「好き」を追求しない
なぜなら、そこに固執すると
縛りプレイになってしまうから。

含蓄のある人生哲学と
いえるのではないでしょうか。

引き算でゆったりと人生を楽しむ

たぶん私たちはこれまで
足すことばかりを
教わってきたのかもしれません。
毎日足すことばかりを考え
律儀に実践してきた結果
すっかり行き詰まってしまって・・・

ところがプロ奢は
最初から足し算を考えていません。
引き算から入るんですね。
あれもこれも引いていくんです。
え、そんなものまで!
というものまで引いていくんです。

ひつじかいには
それがとても新鮮に感じられました。
これまで見たこともないような
新たな地平が開けたような
そんな印象さえ受けましたよ。

プロ奢みたいな生き方は嫌いだ
なんてうそぶいていた自分が
初(うぶ)に思えてきたりもしました。

プロ奢の著書
『嫌なこと、全部やめても生きられる』
には
そういう人生の引き算が
いくつか提案されています。

足し算に疲れてしまったというあなた
どうぞお手にとってみてください。
たぶん(おそらく)、あなたも
引き算のとりことになることでしょう。

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