リスクヘッジ&リスクテイク!リスクを曖昧にしない生き方とは?

メッセージ

こんにちは、もりのひつじかいです。

人生における「リスク」に対し
これまでも慎重に対処してきた
つもりでしたが
リスクヘッジ(危険回避)と
リスクテイク(強行突破)とを
セットで考えるという発想が
そもそもひつじかいには
欠落していたかもしれません。

岩の下の家

言葉を替えて言えば
このセットメニューのTODOを
「曖昧にしたままで生きてきた」
ということになるでしょうか。

大切な家族を失い
ひつじかいはようやくそのことに
気がついたのでした。

人生もとうに折返しを過ぎ
終盤に近づきつつあるこのタイミングで
今さら何をと
呆れられてしまうかもしれませんが
遅れ馳せながら
ここでそれをはっきりさせておくことは
これから本格的に向き合うこととなる

老・病・死を「うやむやにしない」

という態度にも
つながっていくのだろうと思います。

ということで
今日の話題は少し理屈っぽい方向に
振れてしまうかもしれません。
でもこれは、誰にとっても
避けて通ることができない小径ですので
どうか最後まで語らせてください。

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息子に課したリスクテイク

中学校を卒業するころまで
ひつじかいの息子は理科系少年でした。

小学3年生のときから
地元の有線放送テレビ局が主催する
「ロボットコンテスト」なるものに
エントリーを重ね
4年連続入賞という戦績を残しています。

読み物は少年科学雑誌。

趣味は化石の採掘と
NHKスペシャル
『生命40億年はるかな旅』のビデオを
何度も飽かずに視聴することでした。

そんな幼少期を送っていましたので
父(ひつじかい)は

 この子は
 科学を強化している高校に
 進学させたほうがいいのかも。

と勝手に思うようになりました。

そこでいろいろと調べてみたのですが
彼の学力に見合った高校は
家からかなり離れた学区にあり
自宅からの通学は不可能でした。

しかし息子の進学に入れ込んでいた
ひつじかいは
妻とも相談のうえ
その高校を息子に勧めたのでした。

彼は相当戸惑ったことでしょう。
すでに地元の高校に進学しようと
目標を定めていたはずですから。

最後は息子の決断に任せる
というかたちを取りましたが
彼はひつじかいの「意向」を忖度し
遠い学区の高校へと進学したのでした。

自宅から離れた土地で
息子の一人暮らしが始まりました。

アパートの鍵

賄い付きということで選んだアパート
でしたが
大家さん(おばあさん)の認知症が進み
ご飯をつくってもらえなくなりました。

それまで炊事などしたことのない
15歳の息子の食生活は
コンビニ頼りになっていったのです。

もちろんひつじかい家族も
機会を設けてアパートを訪問しましたが
毎日一緒にいてやれる
という状況にはありません。

彼の笑顔がだんだん
間遠くなっていくように感じられました。

そしてとうとう息子は
学校に行かなくなってしまったのでした。

いいえ
学校には行っていたのですが
部活部屋で一日の大半を過ごし
授業への出席を
ボイコットしていたのです。

実はこのころ彼の興味は
科学から人文へと移行していたのでした。

ひつじかいは息子の担任から
幾度も呼び出しを受けました。
そして、あるとき

息子さんは
 お父さんが考えているほど
 強い子どもではありません。

 なぜ、そんな子に
 一人暮らしをさせているんですか?
 一人暮らしをしてまで学びたいという
 強い思いが彼には感じられないんです。

と言われました。

ひつじかいは反発しました。
息子の失速が自分のせいだなんて
認めたくはなかったからです。

 彼が授業に出ないのは
 貴校の授業が魅力的ではない!
 ということではないのですか?

などと言って、担任に食い下がりました。

リスクヘッジは十分だったのか?

その後
様々な紆余曲折がありましたが
ここで
くどくどと書く煩は避けましょう。

たくさんの苦慮配慮思慮があり
ぎりぎりのところで卒業に漕ぎ着けた
と簡潔に述べるに留めたいと思います。

卒業はしましたが
息子はすっかり変わってしまいました。
無口になっていました。
大学への進学を断念しました。
就職する気持ちも褪せているようでした。

そして24歳のとき
自らの命を絶ちました。

15歳の息子に課した
遠隔地の高校への進学という
リスクテイク(強行突破)は
本当に必要なことだったのでしょうか?

いったい何のための
リスクテイクだったのでしょうか?

百歩譲って
そのリスクテイクが必要なことだった
と仮定したとして
それに十分見合うだけの
リスクヘッジ(危険回避)が
用意されていたのでしょうか?

トラとわたし

人間のからだは
食事から摂る栄養でできています。
賄い付きのアパートなどという
中途半端なリスクヘッジではなく
なぜ最初から
二食付きの下宿を
選択しなかったのでしょうか?

大家さんの認知症が進んだ段階で
リスクヘッジを見直すチャンスは
いくらでもあったはずです。

担任の先生の言葉を
なぜ
素直に受け取らなかったのでしょうか。

先生の言葉を真摯に受け止め
地元の高校を受験し直すというヘッジも
想定できたはずです。

 彼は本当は寂しがり屋だったのに

 なぜあんな遠くの学校へ

 行かせてしまったのだろう?

今でも妻はそう呟いて
あの決断(リスクテイク)は
間違っていたと
自分自身に言い聞かせています。

そのたびにひつじかいは
胸が潰れるような気持ちになるのです。

あのリスクテイクに
積極的に関わったのは
ほかならぬ
ひつじかいだったのですから。

真のリスクヘッジは自由意思の尊重

息子の進学とその死とを
短絡的に結びつけることは
もしかしたら
全くのお門違いなのかもしれません。
地元の高校に進学していたとしても
彼の早すぎる死を回避することは
できなかったのかもしれません。

ただ悔やまれるのは
息子の自由意思を尊重してやれなかった
という一点です。
彼に忖度という無言のプレッシャーを
与えてしまったという後悔です。

進学というリスクテイクに対し
いくつかのリスクヘッジがあったはずと
先ほども言いましたが
最大のリスクヘッジは
当人の〈自由意志の尊重〉ではないかと
最近思うようになりました。

そのリスクテイクが
本当に必要なものであるのかどうか
それを決めることができるとするならば
それは
当人の自由意志をおいてほかにはない
と考えるからです。

今生の学びの真の意味を知っている
当人の自由意思こそが
危機を回避するための最大の防御
つまり、ヘッジとなるはずだからです。

たとえそのテイクがうまくいかなくとも
それが自由意思の結果であるならば
大いなる学びの糧にはなるでしょうから。

出版というリスクテイクにはどんなヘッジを?

さて
ひつじかいは間もなく
絵本を出版するというリスクテイクに
直面することになります。

出版社との契約により
発行部数のうちの3割を
自前で売らなければなりません。

新型コロナウイルスの感染拡大により
ひつじかいが当初目論んでいた
絵本の販促計画は
一から見直す必要が生じています。

新型コロナウイルス下での販促の遂行
という新たなリスクテイクに対する
新たなリスクヘッジを
早急に考えなければいけません。

リスクヘッジとリスクテイクとを
セットで考えるとは
まさにこういうことなんだろうと
実感しています。

草原の家


リスクテイクもリスクヘッジも
ひつじかいの自由意思で
決めていきたいと思っています。
それがおそらく
「リスクを曖昧にしない」
という態度だと考えるからです。

 

あなたの人生におけるリスクテイクとは
何ですか?
そうして
そのテイクに対するヘッジとは?

どうぞ後悔のないリスクヘッジを
ご自身でお決めください。

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