子どもへの読み聞かせに〈怪談〉ってNGなの?

読み聞かせに怪談はNG? 絵本なんでもファイル
怪談はNG?

こんにちは、もりのひつじかいです。

今日は
絵本や物語など
子どもへの読み聞かせに際し
いわゆる〈怪談〉モノはNGなのか?
ということについて
ひつじかいの体験談なども交えながら
考察してみたいと思います。

今回のこのテーマは
子ども向けのストーリーを作るときには
配慮しておかなければならないポイントが
含まれていると思います。

ご参照くださいね。

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ひつじかいを怖がりにした怪談『耳なし芳一の話し』

ひつじいが
まだ保育園に通っていた頃のことです。
巷では
東京オリンピックが開催されていました。

近未来の話しではありませんよ!(笑)

その当時
絵本は今日ほど充実していませんでした。

たとえば
「よいこのくに」とか
「ひかりのくに絵本」みたいな
子供向けのお話しをいくつかまとめた
オムニバス形式の冊子が主流でした。

あとは
国内・国外の童話をアレンジしたものとか
ディズニー映画の焼き直しなどを加えて
ほぼそれで全てでした。

今でも記憶に残っている絵本といえば

本のアイコン『ちびくろ・さんぼ』

くらいでしょうか。

はっきりいってどれもこれも
「どんぐりの背比べ」で
全然面白くないわけです。

出版社が「子ども向け」にと考えた
アレンジですから
可もなく不可もなくというスタイルに
なっていたんでしょうね。

だけどこれだと
読み聞かせしてもらっていても
直ぐに見飽きてしまうし
聞き飽きてしまうんですね。


トラがバターになっちゃう
『ちびくろ・さんぼ』のお話しだけは
別格でしたけど・・。

ちょうどそのころ
母の病状が思わしくなく
東京の病院へ転院することになりました。

そこで、父が
読み聞かせを買って出た、と
こういうわけなんです。

父はかなりの本好きでしたので
最初のうちは
『ピノキオ』とか『子鹿物語』
なんかを読んでくれていたのですが
そのうちに
自分も飽きちゃったんだと思います。

ピノキオ

ある晩から読み聞かせをふっつりやめて
とあるお話しを語り始めました。

そのときは作者の名前など
知るよしもありませんでしたが
それは父の十八番
小泉八雲の〈怪談〉の数々だったんです。


すると道路の方から
足音のやって来るのが聞えた。
足音は門を通り過ぎ、庭を横断り、
縁側に近寄って止った―
すぐ芳一の正面に。

「芳一!」

と底力のある声が呼んだ。
が盲人は息を凝らして、
動かずに坐っていた。

「芳一!」

と再び恐ろしい声が呼ばわった。
ついで三度、兇猛な声で―

「芳一」

芳一は石のように静かにしていた。

「小泉八雲全集第八卷家庭版」
(第一書房 )から引用。

芳一(ほういち)を呼ばわる声の主は
壇ノ浦で滅亡した平家の武将です。
つまりは亡霊ということ。
しかも、主人公の芳一は盲目ですから
声のトーンに敏感なのです。

ついで三度、兇猛な声で―

「芳一」

幼いひつじかいにはこの状況が恐ろしく
父が声色を使って「芳一!」と言うたびに
布団に潜り込んだものです。

でも、怖い物見たさというのでしょうか
どうしても最後まで聞かずには
おれないのですね。

こうして、母が退院してくるまでの間
本当は怖いくせに
「芳一」を何度もおねだりしたのでした。

子どもを怖がらせてはダメ!ですよ。

当時のひつじかいの家は
江戸時代の末期に建てられた
今でいう古民家でしたので
トイレが外にあったんですね。

「芳一!」の衝撃からか
すっかり怖がりになってしまった
ひつじかいは
夜、一人で
トイレに行けなくなってしまったんです。

そこで、弟について行ってもらう訳です。

風呂に入ったら入ったで
頭を洗う際に目を閉じられないのです。
目を閉じたすきに、例の武将が現れて
「芳一!」とやらかすんじゃないかと
びくびくなんですね。

こんな状態が中学生になるころまで
続いたんですよ。
ほんとうに弟には頭があがりません。
文句も言わずに
付き添ってくれてたんですからね。

それも毎晩!(汗)

ということで
強引に話しを現在に戻しましょう。

ひつじかいは
かなりいい年になったわけですが
実はいまだに怖がりなんです。

さすがに
トイレくらいは一人で行けますが
風呂はまだ怖いですね。(笑)

頭を洗うたびに
『耳なし芳一』を思い出します。

父が読み聞かせの代わりに始めた
小泉八雲は
ひとりの子どもを
「怪談好き」には
しましたが、同時に
かなりの「怖がり」にしてしまった
ということですね。

夜の道

ところで、先日
【絵本の出版化】に向けて
出版社の担当者さんと面談し
ひつじかいのオリジナル・ストーリー

『やまかじとんとん』

リニューアルしていこう、となった際に
その担当者さんが、一言。

「ひつじかいさん
 山火事の怖さはよくわかりましたが
 子どもを怖がらせてはダメですよ。
 子どもを怖がらせずに
 火事の恐ろしさを
 上手に伝える工夫をしてくださいね」

「あ、はい、もちろんです・・」

ってひつじかいは答えましたよ

もちろん・・

怖さのさじ加減は子どもの年齢による?

こんな経過がありまして
ひつじかいは今
『やまかじとんとん』を
リニューアルしている最中です。

山火事の怖さを
子どもたちを決して怖がらせずに
かつ興味を引きつつ
伝える工夫をしている最中です。

担当者さんのお話しは
「絵本のルール」にも
通底することなんですよね。

出だしで読者の心をつかみ、
念入りに計算したペースで
クライマックスへと話しを盛り上げ、
結びでは満足感を与えて
ホットさせると同時に、驚きを与えて
読者の心をときめかさなくてはならない。

(『絵本の書き方』101ページから抜粋)

詳しくは、こちらの記事でご確認下さい。

怪談ものは年齢を考えて

つまり、怖いお話しというのは
子どもを
「ホット」させることもないし
「心をときめかせておわる」ということも
おそらく想定外なんです。

絵本の読み聞かせをしている
ボランティアグループのみなさんによれば
「山姥」とか「雪女」などのお話しは
小学校1年生以上が対象で
幼稚園や保育園の子どもたちには
「鬼」とか「ユーモラスなおばけ」
が登場する絵本などを
読み聞かせるのだそうです。

学術的にはどうなんだろうと思い
あれこれ文献を探してみましたが
「怖い絵本によるストレスが
 就学前児童の心に与える影響」
みたいな心理学の研究は
全く見当たりませんでした。

ということは
ひつじかいが心配するほど
たいしたことじゃない
ということなんでしょうね。

現に
怖い絵本はたくさん出版されていますし
人気もあります。
ベスト10も発表されたりしています。

また
「怖い話しは子どもの情操教育によい」
 なんていう意見があったりもします。

多くの関係者のお話しを勘案しますと
「怖さのさじ加減は子どもの年齢による」
というところが落とし所のようです。

ということで
どうやらひつじかいは
少し早く「芳一」を聞かされてしまった
ということになるみたいです。

そういうあなたも
子どもが喜ぶからといって
そのへんの
「さじ加減」を間違えてはダメですよ。

ひつじかいのような
〈怖がりな大人〉が
できてしまいますからね。

そこのところを
くれぐれもよろしくお願いいたします。

 

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