「息子の死」から立ち直れない!そんなぼくは詩を書いた・・

こんにちは、もりのひつじかいです。

 

ぼくの息子は
ある日突然逝ってしまいました。

24歳の誕生日を皆で祝って
それから一月とちょっと・・


3月7日のことでした。

息子は自ら命を絶ったのです。

 

あれから1年半が過ぎました。
ぼくはいまだに
息子の死から立ち直ることができません。

もしかしたら
息子の死から立ち直ることなど
永遠にできないのかもしれません。


それでもぼくは生きています。
生きているのが不思議だなと思いながら
それでも生きています。
生きて
ときには笑ったりもしています。

悲しみに
押しつぶされそうになりながら
それでもなんとかやってこれたのは
たぶん
そうしたこころのうちを
正直に書き綴ってきたからだと思います。


息子の死から
立ち直ることはできないけれど
彼の死を受け入れることで
彼の死と共生することができる・・



今日はそんなお話しを
あなたにお伝えしたいと思います。

 

ぼくはなぜ詩を書き始めたのか?

それは・・・

息子の死という衝撃に
何かかたちをあたえたいから・・?

その衝撃を
ほかの人にも知ってもらいたいから・・?

その衝撃の反動で
もしかしたら立ち直れるかもって
思っているから・・?

この衝撃を
解釈してくれる人が現れるのではないかと
期待しているから・・?

 

 

息子が亡くなって10日ほどたったころ
ぼくは久しぶりに外に出てみたんですね。

外といっても
家のベランダに立ったんです。

 

きれいに晴れわたった春の空が
うららかに広がっていました。

その無垢な広がりを見ていたら
突如
〈無声慟哭〉がやってきたのです。
それは
胸の奥深くから噴き上がってくるような
そんな感じでした。

 

10日間
封印していた感情が
〈無声慟哭〉となって突き抜けました。

 

部屋に戻ってから
その思いをノートに記したわけです。

ノートに記し終わると
感情はいくらか鎮まったようでした。

 

そのあとも〈無声慟哭〉は
何度も何度もやってきました。

ぼくはそのたびに
溢れ出した感情の「喫水線」を
丹念に記録したのです。

 

こんな経過でストックした詩が
50をいくつか超えたんですね。

 

そこで
これらの「かけら」を整理して
『君のいない朝』
という詩集にまとめていきました。

 

〈無声慟哭〉に突き動かされながら
詩をひとつずつ書き終えると
ぼくの心のなかで
息子の死がひとつずつ
整理されていくようでした。

 

ときおり
揺れ戻しがありますので
前に進もうとする気持ちが
大きく後退してしまうこともありました。

 

『君のいない朝』では
そんなぼくの心の軌跡を
赤裸々に開陳しています。

 

この詩集は
ぼくから息子へ宛てた【オード】
というと少し大げさかもしれませんが
【レクイエム】にでもなっていれば
さいわいです。

 

詩集『君のいない朝』から
今日は3編の詩を用意しました。
とても未熟な詩ですが
どうぞお読みください。

 

『君のいない朝』から

 

ツリー 天空

 

そういえばあいつは

天空の写真ばかり撮っていた

 

空を見ていたら

突然そのことを思い出した

 

あいつはもう

ここにはいないのだ

 

言葉にならない慟哭が

胸の窖(あなぐら)から噴出した

 

 

空よ

カレハ ナゼ

ココニ イナイノデスカ

 

空よ

カレニ ドンナ

オチドガアッタト イウノデスカ

 

空よ

ナゼ アナタハ カレヲ

スクッテ クダサロウトハ

ナサラナカッタノデスカ

 

空よ

空よ

空よ

 

どうかこたえてください

 

 

春だというのに

霞もせず

溶いたばかりのブルーが

はるか彼方

天空のあたりまで

のびやかに広がっている

 

 

 

息子は
3月7日という日を選んで
旅立ちました。

 

未遂から半年
診療内科的な治療は受けていましたが
薬を処方されるほどではなく
よい方向に向かっていると
家族は安心していたのです。

 

それが・・・

 

ぼくをはじめ家族は
ずいぶんと考えたものです。

いったいこの日に
どんな意味があったのかってね。

 

この日に特別な意味などはなく
ごくありふれた日常の
ごくありふれたひと日だったなんて
とても思えなかったからです。

 

3月7日という日を選んだからには
この日に関し
相応の意図があったに違いないってね。

 

でも
おそらく
意味など何もなかったのかもしれません。

その日が
彼がこの世界に留まれる
ぎりぎりの日だったという以外には。

 

そんなぼくの自問自答です。

 

 

ツリー 三月七日

 

君はこの日を選んで

向こうへいってしまった

三月七日のことだ

 

この日に

どんな意図があったのか

なかったのか

 

そのこたえは

君だけが識っている

 

 

三月七日

さんがつなのか

サンガツナノカ

 

ぼくらは生涯

この日を忘れることができない

 

 

息子の「当日」を
思い起こすことができたのは
だいぶ時間がたってからでした。

 

畳に横たえられた息子は
じっと目を開けたまま
虚空を見つめていました。

 

その目が一瞬
ぼくを捉えたんですね。

息子は生きているんじゃないかって
思いました。

胸がしめつけられるような
一瞬でした。

 

 

ツリー ひとみ

 

まぶたを閉じよ

まぶたを閉じよ

そのまぶたを

閉じなさい

 

君のまぶたをおさえて

早々に眠りにつかせようとこころみるが

君のひとみはなおも

かすかな光を求めつづける

 

永遠に見開かれた君のひとみ

 

ふと

君がぼくをとらえる

と次の瞬間には

君の視線はぼくを貫き

ぼくの背後にひろがる

虚空へとむかう

 

 息子よ

 息子よ

 もうよい

 もうよい

 

まぶたを閉じて

いさぎよく眠りにつきなさい

 

 

君のひとみに映し出された光芒が

ひとつ

またひとつと消えていく

 

そうして最期には

ぼくらもまた

消えるのだ

君のひとみから

 

永遠に

 

 

息子の死から立ち直ることはできないけれど

詩を書き止めることによって
ぼくがどのように
息子の死と対峙してきたか
その経過を
これからもときどき
お伝えしていけたらと思います。

 

息子の死は
ぼくにとって
アイデンティティの喪失
そのものにほかなりませんでした。

でも
そのことに気かついたのは
ずいぶん後になってからのことです。

 

息子の死という衝撃からの恢復は
まさにこのアイデンティティを
恢復していく過程でもあったのだと
ぼくは考えています。

 


息子の死から
ぼくは立ち直ることはできません。
立ち直ることはできませんが
ぼくは生きています。
生きて
アイデンティティを恢復しつつあります。

 

おそらくあなたにも
アイデンティティをゆるがすような
そんな大きなできごとが
おありだったのではないでしょうか?



詩集『君のいない朝』
次回もお読みいただければ
さいわいです。

※こちらの記事もいかがですか?
 詩集『君のいない朝』全編をまとめてみました。

【哀しみと対峙するひつじかいの心の軌跡をお読みください。②】
📑亡き息子との終わりなき対話 オリジナル詩集『君のいない朝』

【もぬけの殻になってもエンピツを握る力だけは残っていました。③】
📑息子を先に「おくる」ということ・・詩集『君のいない朝』から

本当の哀しみは遅れてやってくるのだということを知りました。④】
📑〈家族の死を深く見つめて〉ひつじかいの詩集『君のいない朝から』

【子どもに先立たれるという不条理を言葉に置き換えて。⑤】
📑〈子どもに先立たれるということ〉ポエム集『君のいない朝』から

【ぼくのこの詩は傘あるいはシェルターのかもしれません。⑥】
📑「書くことで心の平衡を保って」ポエム集『君のいない朝』から

「今この瞬間しかない」ということを息子から教えられて・・⑦】
📑亡き息子へ!ひつじかいのポエム集から「君が教えてくれたこと」

花びらは散っても花は散らないという言葉をシェアします。⑧】
📑自作ポエム集『君のいない朝』から「みどりに想う」ほかをシェア

【山霧にそして蝉しぐれのなかに息子は偏在している。⑨】
📑息子が幻視した怖れ(コビット19)は現代版ハルマゲドンか?

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📑石地海岸はパンドラの函~君のいない夏に思いを馳せて~

【遺されたぼくら夫婦には様々な呼び名が与えられて・・⑪】
📑本当の哀しみは少し遅れてやってくる『君のいない朝』(その11)

【いつまでも立ち止まっていたら、きっと息子は悲しむだろう
📑さようなら息子よ『君のいない朝』からのぼくの卒業

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